Disc Review

American Love Story / Butch Walker (Ruby Red Recordings)

アメリカン・ラヴ・ストーリー/ブッチ・ウォーカー

元マーヴェラス・スリー。ソロ・アーティストとして活動する傍ら、というか、むしろそっち方面こそが本業的な路線なのかもしれないけれど、SR−71、アヴリル・ラヴィーン、ピンク、ウィーザー、フォール・アウト・ボーイ、パニック・アット・ザ・ディスコ、テイラー・スウィフト、ケイティ・ペリー、さらには織田裕二とかパフィとか…実に多彩な顔ぶれのアーティストをプロデュースしたり、彼らに曲提供したり、そうした裏方作業をものすごい勢いで続けているパワー・ポップ・マスター、ブッチ・ウォーカー。

日本でも根強い人気を誇るブッチだけれど、そんな彼の久々の新作ソロ・アルバムが出た。2017年に4トラック・マルチ・カセットで録った宅録デモ集とか、趣味性の高いクリスマス・アルバムとかを出してはいたけれど、真っ当なソロ・アルバムとしては2016年の佳盤『ステイ・ゴールド』以来。うれしい。いきなり冒頭、“ぼくたちはちゃんと会話しているんだろうか? 互いの言葉を聞き合っているのだろうか?”という問いかけを何度も何度も繰り返し投げかけながらアルバムはスタート。全体がひとつの物語として構成されたコンセプト・アルバムだ。

YouTubeにはアルバム全編を映像で綴った40分超の映画版みたいな長尺ビデオクリップ も公開されていて。本気度高し。

アルバムのバック・ストーリーをざっとおさらいしておくと。主人公の名前はボー。移民が嫌い、有色人種が嫌い、同性愛が嫌い…という白人の父親のもとで育ち、何の疑念も抱かず、子供のころから学校ではゲイの友達にひどい仕打ちをしたり、思いきり偏見に満ちた日々を送っていた。

が、数年後、大事故に出くわした際、ひょんなことからそのゲイの友達に命を救ってもらうことになる。それをきっかけに、自分のそれまでの人生の選択は果たして正しかったのか、改めて自らに問い直すことに。さらに愛する女性、パリスとも出会い、結婚。息子のブラッドも生まれ、初めて無償の愛というものを知る。やがて成長した息子から、信じてきた価値観を大きく揺るがす衝撃の告白を受け…。

そうした流れの中、多様な文化が重層的に折り重なりつつ混在するアメリカという国の真の姿とか、どうにも解決できない根深い問題点とかをブッチ・ウォーカーは浮き彫りにしていくわけだ。

その後、愛妻パリスは癌で他界。ボーとブラッドは親子でRV車に乗り込み、アメリカ南部からロサンゼルスまでを巡りつつ各地にパリスの遺灰を巻く旅に出る。息子のブラッドは腕ききのツアー・ミュージシャンへと成長していた。そんな息子が父親とともにそれまでの人生を振り返りながら旅の中で作り上げたのがこのアルバムだ、と。そういう設定になっている。

というわけで、ここに描かれているのは明らかにドナルド・トランプによって分断と混乱のただ中へと引き戻された現在のアメリカという感じなのだけれど。しかし、音のほうはと言えば、これがもう全然“現在”じゃなくて(笑)。ブッチならではの蓄積が大いに物を言った往年のロック/ポップのイディオムが全編に炸裂。アルバムに託されたストーリーの真摯さ、重さみたいなものをうまい具合に中和している感じ。

1970年代のビーチ・ボーイズっぽい感じとか、パブロ・クルーズっぽい感じとか、チープ・トリックっぽい感じとか、エドガー・ウィンター・グループっぽい感じとか、ザ・フーのロック・オペラっぽい感じとか、1970年代、1980年代のいろいろな音楽要素が絡まり合いつつ随所に見え隠れしていて、楽しい楽しい。

“ワン、ツー、フェイク、ニュース…”という物騒なカウントとともにスタートする「フライオーヴァー・ステイト」って曲ではトーケンズの「ライオンは寝ている」のコーラスをまんま完璧に流用。あの中の“weeoh aweem away”という部分を“Freedom dumb my way”、つまり「自由」が俺の行く道を馬鹿にしている、みたいな歌詞に変えていたりして。そこにボーの旧価値観を象徴させているのも面白い。

ブルース・スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・USA」と「ブラインデッド・バイ・ザ・ライト」のタイトルを駄洒落っぽくもじった「トーン・イン・ザ・USA」とか「ブライテッド・バイ・ザ・ホワイト」とか、そんな曲も。後者のほうはほんの短いスニペット的なトラックながら、ここにボーの価値観転換の瞬間が描かれている。フリーの「オールライト・ナウ」をもじって“オール・ホワイト・ナウ”って歌っていたり、ボブ・マーリーの「エヴリ・リトル・シング・イズ・ゴナ・ビー・オールライト」を“…ゴナ・ビー・オール・ホワイト”って歌っていたり。このあたりはアルバムの真摯なコンセプトとブッチならではの軽い洒落心がうまく融け合っているようで面白かった。

ラストの「フォーゴット・トゥ・セイ・アイ・ラヴ・ユー」というバラードもしみる。エンディングの部分がアルバム冒頭の「ザ・シンガー」という曲のリプライズ・ヴァージョンになっていて。“愛していると言うのを忘れてしまった/今から言っても仕方ないね/もし神様がいるのなら/この世界でよりもあたたかく君を迎えてほしい/きっと君は息子の成長を誇りに思うはず…”というボー主体に描かれた本編の歌詞が、“ぼくは今ステージに立つシンガー/ママもその姿を誇りに思ってくれるはず…”というブラッド主体のリプライズ・ヴァージョンの歌詞へと連なっていく。

まあ、詰めが甘いっちゃ甘いのだけれど。ふと気づけば、あらゆるものがつながり、継承されたり変化したりながら、人生は美しく連環していくんだ、と。そんな、いい意味での楽観に貫かれた1枚です。良くも悪くも。

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