アビイ・ロード(50周年記念スーパー・デラックス・エディション)/ザ・ビートルズ
どうしようかなぁ、と思ったのだけれど。やっぱり今日はこれ取り上げるしかないかな、と。『アビイ・ロード』です。
今度の日曜日、ニッポン放送のイマジン・スタジオで鮎川誠さんと上柳昌彦さんと一緒に本“50周年記念エディション”をめぐる特別イベントに出演することになっているし。レコード・コレクターズ誌の最新号でオリジナル・アルバムの全曲解説をさせてもらったりもしたし。今回も有料記事で恐縮ではありますが、昨日の朝日新聞夕刊でも、ちらっと今回の再発のことに触れさせてもらったし…。
でも、しつこくここでも盛り上がっちゃいます。3CD+1ブルーレイとか、2CDとか、3LPとか、いろいろなフォーマットで出たけれど、どうせなら高いけど全部乗せの“スーパー・デラックス・エディション”がよろしいかと。
ジャイルズ・マーティンの一連のリミックス・プロジェクトには疑問がないわけじゃない。とはいえ、『LOVE』絡みの激しくド派手なリミックスは別として、『サージェント・ペパーズ…』とか“ホワイト・アルバム”とかの、オリジナル・ミックスに敬意を表した新規リミックスはそれなりに素直に楽しめたので。今回もワクワク待ち望んでおりました。で、聞きました。ごきげんでした。
細かい音源検証はレココレとかの特集にまかせるとして。今朝は、今さらながらではあるものの、『アビイ・ロード』というアルバムの立ち位置というか、存在意義というか、そういうものを振り返ってみようかな、と。もちろん、その辺は時代とともに揺れ動いているわけだけれど。現在60歳代前半を生きているぼくのような世代にとって『アビイ・ロード』のそれは、まじ絶対的なのだ。
思い返せば1960年代。音楽界にとって、とてつもない時代だった。今さらながらそう思う。あれほどのスピード感で、あれほどの密度をたたえながら音楽が進化/深化していった時代は他にない気がする。レコーディング技術の向上、メディアの発展、社会情勢の激変など様々な環境の変化すべてがうまい具合にシンクロしたからこその奇跡なのだろうが。そんな1960年代の奇跡的かつ絶対的な躍動を常にリードしてきたビートルズが、1960年代最後の年、1969年に、ある種の総決算のようにしてリリースしたのが『アビイ・ロード』だった。
アルバム発売に先駆け、ラジオで「カム・トゥゲザー」を初めて聞いたときの衝撃は忘れられない。ぼろい旧式ステレオ・セットのAMチューナーのふがいない音質などものともせず切り込んできた凶悪なベース・ライン、スリリングなドラム・パターン、ギターが奏でる不安げなセヴンス・ノート、シュッ!(シュート・ミーだとは当時まったく思わなかったけど)…と繰り返す不敵な、しかしキャッチーなヴォーカル。ドアタマの1小節でもう決まりだった。
アルバムを手に入れてからも聞きまくった。ロックンロール、ミュージック・ホールもの、R&B、カントリー、ブルース、クラシックなど多彩な音楽性を自在に行き来しながら、1960年代、ロック音楽の可能性を究極まで広げ続けてきた男たちが再びその底力を存分に発揮した仕上がりで。アナログB面の大半を占める怒濤の8曲メドレーも含め、ビートルズは凄まじい集中力とありえないほどの完成度を提示してみせた。
米ローリング・ストーン誌が2003年に企画した“トップ500アルバムズ・オヴ・オール・タイム”を見返してみると、ランキング上位に食い込んだビートルズのアルバムといえば、『サージェント・ペパーズ…』(1位)、『リヴォルヴァー』(3位)、『ラバー・ソウル』(5位)、ホワイト・アルバム(10位)。で、本作『アビイ・ロード』はその次の1枚として14位にランクしている。つまり5番目。21世紀的な視点で振り返れば、なるほどそういうことになるらしい。でも、当時リアルタイムで洋楽に接していたぼくのような日本の音楽ファンにしてみれば、『アビイ・ロード』の存在感は半世紀を経た今なお圧倒的なのだ。
というのも、鉄壁の『サージェント・ペパーズ…』以降、オリジナル・アルバムと呼ぶべきかどうかいまだ諸説ある『マジカル・ミステリー・ツアー』があって、バンドとしてというよりはメンバーそれぞれの個性をそれぞれのサウンドであえて未整理のままぶちまけたようなホワイト・アルバムがあって、LP片面にしか彼ら自身の演奏が入っていない『イエロー・サブマリン』のサウンドトラック盤があって…。
まあ、今の時代のような柔軟な受容感覚が当時のシーンにもあれば話は別だったのだろうが。いかにもオリジナル・アルバム然としたビートルズの新作は、まじ、ごぶさた気味だったのだ。もちろん、『ゲット・バック』と題する新作が出るらしいというニュースは日本でも盛り上がっていた。収録曲の内容に言及した記事も音楽雑誌に掲載されていた。が、いつまでたっても発売は未定のまま。そうこうするうちにメンバー間の軋轢も伝わり始め、解散説まで流れ出した。
どうなってるのと誰もがもやもやしていたところへ、急遽、ズバッとリリースされたのが『アビイ・ロード』だった。『ゲット・バック』プロジェクトがぐだぐだな形でいったん頓挫したところで、ポール・マッカートニーの要請によりジョージ・マーティンがプロデューサーに復帰。名匠の助けを借りながら、メンバー全員がほどなくやってくる解散の瞬間を強く意識しつつ、最後の力を振り絞るようにして一分の隙もない傑作を作り上げてみせたのだ。
まさに待望の新作。しかも、当時のファンの枯渇感を見事に払拭する名曲名演ぞろいの力作だったのだから。リアルタイム派ならではの古くさい時代感覚丸出しで申し訳ないけれど。『アビイ・ロード』こそがビートルズの最高傑作、と。そうはしゃいじゃうのも無理はないでしょう。なので、今回の50周年記念エディションも隅から隅まで堪能しますよ。
2019リミックス・ヴァージョンの中では、個人的には今のところ「オー! ダーリン」がいちばん気に入っている。ハードなポールのシャウトとは裏腹に、なんとも美しく背後に流れる“ウー・アー”コーラスのバランスがほんのちょっと上がったことによって、この曲がもともとルイジアナ系のきわどくスウィートな三連スワンプ・バラード的なニュアンスをもはらんでいたという事実を浮き彫りにしてくれたようで。うれしい。
セッション音源も興味深い。B面のメドレーはもともとこういう形になるはずだったという、途中に「ハー・マジェスティ」が挟み込まれた流れを教えてくれる「ザ・ロング・ワン」というトラックや、ジョンがドラムを叩くポールに対して“リンゴ”と呼びかけ、ポールがお返しにギターを弾いているジョンに“ジョージ”と呼びかけるテイク4のやりとりをテイク7に編集でくっつけた「ジョンとヨーコのバラード」とか、途中の変拍子に最初なんだか対応できず、徐々に叩けるようになっていくリンゴの上達ぶりが微笑ましく味わえる「ヒア・カムズ・ザ・サン」のテイク9とか、あ、メドレーのこの部分は本当に一気に演奏していたんだとわかる「サン・キング」〜「ミーン・ミスター・マスタード」のテイク20とか、「ポリシーン・パン」〜「シー・ケイム・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドウ」のテイク27とか…。
やー、圧倒的でした。やっぱり。