イカ天の人よ…って、確かに謎すぎるかも
平成という時代が終わりを告げたこともあって、去年あたりからずいぶんと“イカ天”がらみの取材を受けた。
もう若い世代にとっては何のことやらだとは思う。以前、休暇中のピーター・バラカンさんの代役DJをつとめた際、「この人、誰? とお母さんに訊いたら、“イカ天の人よ”と言われ、ものすごく謎だった」というメールをいただいたものだ(笑)。“イカ天”というのは、平成元年、1989年の2月からTBS系で毎週土曜日深夜に生放送されていた『平成名物TV〜三宅裕司のいかすバンド天国』というテレビ番組のこと。ほんの1年半くらいしか放送されていなかったのだけれど、いろいろあって(笑)、当時大いにブームになった。
詳しいことは検索してもらえばわかるだろうから、今さらこまごま説明はしませんが。要するにアマチュア・バンドの勝ち抜きコンテスト・バラエティ。で、その放送開始から1年ちょい、ぼくも審査員として番組に出演させてもらっていた。そんな縁もあって、平成最後の年に平成とともにスタートしたあの番組の取材をやたら受ける機会が多かった、と。
そういう場でもちょくちょく発言させてもらってきたことなのだけれど。平成名物TVと銘打っていたわりに、あの番組、どちらかというと来たるべき新時代の到来を告げるものというより、旧時代、昭和の終わりというか、昭和の音楽業界の流儀というか、そういったものの終焉を象徴する番組だったのかなぁ、と思ったりもするのだ。
まだカラオケボックスが本格的にブームを呼ぶ前だっただけに、なにやら歌いたいと思い立ったとしたら友だち騙してでもバンド組まないとならなかったし、まだYouTubeみたいに気軽な映像メディアもなかったから演奏シーンを広く世の中に見てもらいたかったらテレビに頼るしかなかったし、安価なシステムを使って自宅でプロ並みのレコーディングをしてCD-Rに焼いたりできる時代でもなかったから、やっぱりデビューするにはレコード会社や事務所に認めてもらわなければならなかったし…。
そういう旧時代ならではのしきたりとか、しがらみとか、制限とか、障壁とか、野心とか、山っ気とか、勘違いとか、そういったものが複雑に絡み合う中でのみ成立し得た奇妙な空間だったなぁと思う。オンデマンドなんて受容形態にも慣れていなかったから、あの時間の生放送をリアルタイムで多くの人たちが共有していたというのも、もう今ではあり得ない形かも。
馬の骨、覚えてます?
と、まあ、間違いなく旧世代のコミュニケーションの在り方ではあったわけだけれど、そうしたむりやりな共有劇こそがいろいろな化学変化を生み出し、“イカ天”はとてつもない最大瞬間風速を巻き起こしてブームになったのだった。たま、フライング・キッズ、The BOOTS、ビギン、マルコシアス・バンプ、セメント・ミキサーズ、ブランキー・ジェット・シティ、リトル・クリーチャーズなど、勝ち抜いて“キング”になったバンドはもちろん、キングになることなく散っていた様々なバンドの中にもごきげんな個性がいっぱい。いろいろな人気者が生まれた。
マサ子さんとか、人間椅子とか、ニュースとか、けっこう好きなバンドがたくさんいた。むしろキングになれず敗退していったバンドの微妙な個性こそがあの番組の色を作り上げていたのではないかとも思う。と、そんなバンドのひとつが“馬の骨”だ。確かお盆の時期、メンバーがお化けっぽいコスプレに身を包み、老婆を伴ったエキセントリックな演出の下、“六根清浄”と“Rock On”をかけた楽曲で完奏。審査員の間でもそれなりに評判だったような…。そのリード・ヴォーカルをつとめていたのが、現在は俳優として着実に活躍なさっている桐生コウジさんだった。
というわけで、なんと、その桐生コウジさんが自ら監督・脚本、主演を手がけつつ、“イカ天”出演時のリアルな体験をある種の出発点に、かつて若き日にアマチュア・バンド活動を行なっていたものの、その道を諦め別の人生を歩み始めた者の30年後をフィクションとして描き上げた映画が、今日紹介する『馬の骨』だ。去年、劇場公開された作品だが、このほどDVD化が実現したのでここで改めてお知らせです。
仕事をクビになり、人里離れた地に今にも崩れそうに佇む怪しげなシェアハウスに転がり込んだ元“馬の骨”のリード・ヴォーカル(桐生コウジ、劇中では名前が“熊田”と変えられているけれど)と、地下アイドルとして活動しながらも実はシンガー・ソングライターになることを夢見ている女の子(小島藤子)との奇妙な交歓を縦軸に展開する人間模様。これまであえて目をそらしていたものと改めて対峙しなければいけないときの覚悟とか、諦めを振り捨てる際の強さとか、逆転に向かって立ち上がる意思とか、そういったものを、どんなにかっこ悪かろうが、違和感があろうが、なんとしてでも自分の中に取り戻さなければいけない瞬間はやっぱりあるわけで。なんだか、そんなこんなが静かにじわじわ胸に沁みる作品ではありました。
劇中のライヴ・シーンは、2017年暮れに惜しまれつつ閉店した「新宿JAM」で撮影されており、そういう面でもそれなりに意義深い作品となっている。そのJAMでのシーンには、ぼくも、たまの石川さんとともに観客役でちらっと顔を出してます。ほんのちらっとです。まあ、自分のことを考えても、30年という歳月は人の人生をいろいろと変えるもの。当時“イカ天”で出会った人たちもそれぞれの時間軸の中、多彩な道を歩んでいるのだけれど。個人的には、そんな人たちとのふとした再会が気恥ずかしくもあり、うれしくもあり…(笑)。
お時間ある方、ぜひ。大浦龍宇一さんやベンガルさんもいいです。何より、小島藤子さん、かわいいし!