ザット・ラッキー・オールド・サン(ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール)/ブライアン・ウィルソン
いやー、ほったらかしていたブログをまた書こうかと思うくらい、本当に素晴らしかったです。ブライアン・ウィルソン。ロンドンのロイヤル・フェスティヴァル・ホールでの新作披露コンサート。6日間、たっぷり楽しんできました。
まあ、ぼくの場合、ブライアンの音楽活動に関してはばりばりの全肯定派なので。話半分というか。テキトーに聞き流してもらったほうがいいのだけれど。かといって、こんな素晴らしい体験をテキトーに聞き流されるのもいやだし(笑)。どこにも吐き出さず、自分の頭の中の記憶にだけとどめておくがゆえの美しさ、みたいなものも大事にしたいから。ブログとかでレポートなんかしないほうがいいのかなとも思うのだけれど。別に仕事で出かけたわけでもなく。趣味の英国旅行だから。この件について仕事としてどこかに書くこともなさそうだし。どんなだったか聞きたい方もいないわけではないだろうから。とりあえず整理しておこうかな、と。時差ボケ解消になるかもしれないしね。でも、たぶん書き始めると長くなっちゃうんだよなぁ。
てことで、ともに夢のコンサートを体験したノージと、竹内修くんと語り合いながら身勝手に醸造した軽い感想を書き留めておきます。オフの日にランチをともにしたダリアン・サハナジャからもたくさんの興味深い情報を得られましたが、たくさんすぎてまだまだ未整理。その辺はまたそのうち、クローズドな場所ででも(笑)。
9月10日から16日まで、真ん中の13日だけ休演しつつ6回連続、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールで行われたブライアン・ウィルソンの最新ライヴ。フェスティヴァル・ホールも含むサウスバンク・センターからの委託という形で、クラシックの作曲家のような感じで新作を作り上げて、それをフェスティヴァル・ホールでプレミア初演する、と。そういうコンサート。新作のタイトルは『ザット・ラッキー・オールド・サン~ア・ナラティヴ』。ブライアンが大好きだという40年代に書かれたスタンダード曲をテーマに据えて構成された組曲だ。ブライアンのいつものライヴのように、まず第1部で様々なレパートリーを披露して、第2部が新作という構成だった。
その新作は、基本的に05年だったか06年だったかの夏、当時ノリノリだったブライアンがスコット・ベネットのスタジオで、スコットのマルチ・プレイヤーとしての才能に支えられながらたくさんデモ録音した新曲群を核にしたもの。フェスティヴァル・ホールからの依頼があった時点で、今度はヴァン・ダイク・パークスに全体のテーマを決定づける4つの“詩”を発注。実は歌詞も全面的にヴァン・ダイクに頼みたかったようだけれど、すでにブライアンとスコットによって書き上げられていたものも多く、それを手直しするような作業はヴァン・ダイクはやりたくないということで。結局、ヴァン・ダイクが歌詞を手がけたのは、すでに映画『北極のナヌー』のサントラ盤にも収録されて世に出ている「リヴ・レット・リヴ」1曲のみ。あとは、その詩のナレーションをヴァン・ダイク自身が担当していた(もちろん録音で)。
と、こうした素材が揃った段階で、ブライアンはいよいよ彼の音楽秘書、ダリアン・サハナジャを呼び寄せて、自分たちがツアーに出ている間に、その素材群をひとつの大きな流れのもとで組曲的に構築してもらった、と。
というわけで、アル・ジャーディンをゲストに迎えた2007年の最新ツアーにはもう参加していなかったダリアンとスコットをバンドに再度迎え入れ、『SMiLE』ツアーのときにもサポートしていたストックホルム・ストリングス&ホーンズも加わり、最強のブライアン・ウィルソン・バンドのラインアップが復活した状態で、満を持してスタートしたのが今回の『ザット・ラッキー・オールド・サン』ツアーというわけです(初日のみ、テイラー・ミルズが病欠。必要な部分だけ舞台袖の陰マイクで歌っていたようだけれど…)。
セットリストなどは、もうネット中にあがってることでしょう。最近あまりネットを熱心に探索しなくなっちゃったのでよくわからないけど。基本的に第1部のほうは毎晩、曲順/選曲が違っていて。
Girl Don't Tell Me / The Little Girl I Once Knew / Dance Dance Dance / Salt Lake City / Then I Kissed Her / In My Room / Roll Around Heaven / Do You Wanna Dance / When I Grow Up / She Knows Me Too Well / I'd Love Just Once To See You / Catch A Wave / Drive In / Wendy / Surfer Girl / Please Let Me Wonder / Sail On Sailor / Do It Again / California Girls / Wouldn't It Be Nice / Sloop John B / God Only Knows / Heroes And Villains / Good Vibrations
この辺の曲からのセレクト。毎度のことながら、ぼくはライヴを見ながらメモをとったり、ましてや録音したりしないので、記憶に漏れがあるかも。けっこうライヴ初演曲も多くて、ちびりました。『トゥデイ』~『サマー・デイズ』色が濃かったかな。『ワイルド・ハニー』からの「アイド・ラヴ・ジャスト…」もしびれた。一瞬何が始まったのかとパニックになったくらい。「英雄と悪漢」は『SMiLE』ヴァージョン。「グッド・ヴァイブレーション」は通常の歌詞で、構成は『SMiLE』ヴァージョン。
「ロール・アラウンド・ヘヴン」ってやつは新曲。『ザット・ラッキー・オールド・サン』の構成がほぼできあがったあと、突然ブライアンが“新曲のアイデアがある”と言ってダリアンの家にやってきて、その場でデモ録音したものだとか。コンセプト的には『ザット・ラッキー・オールド・サン』の一部のような小品なのだけれど、もう構成的に入る場所がなく、第1部のほうで“予告編”的に披露されることになったらしい。ブライアンが突然「みんな、『ザット・ラッキー・オールド・サン』への準備はいいか?」みたいなMCをして歌に入り、終わったところでダリアンあるいはスコットが「ブライアン、もう『ザット・ラッキー・オールド・サン』をやっちゃうつもり?」と聞いて、「いやいや、まだこれはムードを感じてもらっただけ。あとでゆっくり」とブライアンが答える、みたいな小芝居もしてました。
で、問題の第2部。曲名を羅列すると――
- That Lucky Old Sun
- Morning Beat
- (Narrative: Room With A View)
- Good Kind Of Love
- Forever She'll Be My Surfer Girl
- (Narrative: Venice Beach)
- Live Let Live
- Mexican Girl
- (Narrative: Cinco De Mayo)
- California Role
- (Narrative: Between Pictures)
- Oxygen
- (Wilson Mantage) - Can't Wait Too Long
- Midnight's Another Day
- That Lucky Old Sun (reprise)
- Going Home
- Southern California
"Narrative" と書かれているところが、ヴァン・ダイクの詩のナレーション。舞台奥に設置されたスクリーンにアニメ映像が映し出され、そのバックにナレーションも流れる。演奏は生で行われていたようだけど。うまいことシンクしていた。で、この詩がね。ものすごくかっこいい。ヴァン・ダイクらしい古っぽい、もってまわった言い回しで、ロサンゼルスの光と影がイマジネイティヴに綴られていく。
ブライアンの楽曲群ももちろん、そういうテーマ。スタンダード曲「ラッキー・オールド・サン」に続いて歌われるロックンロール・チューン「モーニング・ビート」はLAの朝の情景への愛に満ちた1曲。途中、でもそんな素敵な街に愛する君はいない…みたいなことが歌われる部分は、『SMiLE』期のブライアンっぽいアンサンブルが聞かれたりして。
「グッド・カインド・オヴ・ラヴ」は60年代サンシャイン・ポップふうのシャッフル調のラヴ・ソング。「フォーエヴァー・シーズ・マイ・マイ・サーファー・ガール」はブライアンの公式サイトでもデモ録音が公開されていた名曲で。61年の夏に女神がぼくの曲に降りてきた…という歌い出しから泣ける。でも、もう本チャンを聞いてしまった今となってはサイトで公開されているヴァージョンなんかセコくて。デモはどこまでいってもデモ。深さも豊かさも奥行きも、ライヴでブライアン・バンドによって演奏されたものとはスケールが段違いです。ここで聞かれる“初恋はもう繰り返すことができない瞬間だけど、いつまでも自分の中に生き続けている”みたいな歌詞が今回の新作『ザット・ラッキー・オールド・サン』全編に貫かれているような気がする。
「リヴ・レット・リヴ」はサントラ盤ほぼそのまま。 (と、先日は書きましたが、今日たまたまサントラのほうを聞き直してみたら、「リヴ・レット・リヴ」は歌詞が全然違ってました。注意力散漫っすね。構成というか、流れも違う感じ。全体的なアレンジ/サウンド/メロディはそのまま、歌詞だけヴァン・ダイクが映画向けのものから『ザット・ラッキー・オールド・サン~ア・ナラティヴ』向けに全面的に書き直したのかもしれません。かなりせっぱ詰まった終末感も漂うサントラ・ヴァージョンより、もうちょい素直な自然賛歌、神への感謝などに貫かれた歌詞に変わった感じです。2007.9.22 追記) とはいえ、やはりブライアン・バンド最強ラインアップによるコーラスでバックアップされると、より深みが出る。
「メキシカン・ガール」はタイトルから想像できる通り、「サウス・アメリカン」とか「ココモ」に通じるラテン・ポップもの。LAにとって重要な表情のひとつだ。「カリフォルニア・ロール」はスコットのノスタルジックなヴォーカルで幕を開ける曲。うまくいかないことがあっても/カリフォルニアに来れば女の子は誰もがマリリン/男はみんなエロール・フリン/時には夢を少し変更しなくてはならないかもしれないけれど/カリフォルニアではそれぞれの役割を見つけることが肝心/キャピトル・タワーに登る必要もない/ハリウッド・ボウルで演奏しなくても大丈夫/心にロールを、魂にロックを持っていれば…みたいな内容だったような。ニルソンやランディ・ニューマンあたりの持ち味にも通じる曲調かな。
で、ヴァン・ダイク最後のナラティヴを経て「オシキゲン」。この辺から歌詞が胸に突き刺さり始める。目を開けて/起きる時間だ/大丈夫、急ぐことはない/どうせ行くところなんかないんだから/数え切れない涙を流して/何年も何年も無駄にして/死んだような人生だった…と静かに歌い出されたあと、マーチ調の陽気なビートに乗せて、酸素を頭に、肺にいっぱいにして、カリフォルニアでまた新しい人生を呼吸し始めるんだ、何歳だって関係ない…と歌われる。
続く“ウィルソン・モンタージュ”というのは、ウィルソン3兄弟の昔からの写真がスクリーン上でモンタージュされるなか、なんと「ビーン・トゥ・ロング」あるいは「キャント・ウェイト・トゥー・ロング」というタイトルでおなじみの未発表曲から冒頭のコーラス部分が演奏される。これは感涙もの。そして、ブライアン公式サイトで公開されたもう1曲のデモ録音曲「ミッドナイツ・アナザー・デイ」へ。これもすでにファンの方はお聞きの通りで。「オキシゲン」と同じような内容のバラード。たくさんの声が、思い出が、ぼくの心を石のように閉ざす、多くの人々がぼくをひとりぼっちにする、暗闇で道に迷い、影も見えない…みたいな、どうにもならない心情が歌われたあと、でも、それも、えー、どう訳せば適切か、いい言葉が思いつかないんだけど、ミッドナイトがアナザー・デイだと(笑)、深夜がもうひとつの昼だと…ってことかな、気づくまで、と。
もちろんこれも、ステージ上では公開されたデモ録音どころではないドラマチックな展開を聞かせていた。これでクライマックスかと思いきや、やっぱりブライアンはロックンロール好き。短い「ラッキー・オールド・サン」のリプライズを挟んで、ミディアム・テンポのグルーヴィなロックンロール「ゴーイング・ホーム」になだれ込む。アンディ・ペイリーとあれこれやっていた時期の感触を思わせる、えー、要するに当時の「プラウド・メアリー」っぽい感じの曲調。この曲も、もう一度自分を取り戻すことを歌ったものだ。
「ラッキー・オールド・サン」という曲は日本でも訳詞カヴァーしている人が多いので、内容はだいたいご存じだと思う。“朝起きて、仕事に出かけて、金のために一所懸命働いて、でも、おなじみの陽気な太陽は何をするでもなく、一日中、天国の周りをぐるぐる回っているばかり…”というものなのだけれど。それに対して、ぼくはなぜ天国の周りをうろうろしていたんだろう、もう一度故郷へ帰ろう、そこではぼくの音楽が聞こえた、ぼくの笑顔(SMiLE)を見つけた…と歌われるのが「ゴーイング・ホーム」。ノリノリの展開の中、突如演奏がブレイクして“25歳のとき、ぼくはすべての明かりを消した/ぼくの疲れた目にはすべてがまぶしすぎたから/でも、今ぼくは青空を描きながら戻ってきた”とアカペラ・コーラスで歌われるところなど、震えがきた。泣けた。
そして、ラスト。「サザン・カリフォルニア」は切ないバラードだ。歌い出しがこれまた涙もの。“夢を見た/兄弟で歌っている夢/ハーモニーを/お互い支え合いながら/パシフィック・コーストを走りながら/「サーフィン」がラジオでかかっている/あの声がまた聞こえてくる/南カリフォルニアで/夢が君のために目覚める/ここで目覚めることができれば/どこにいても目覚めることができる”みたいな。
思い出は癒しでもあるけれど、ブライアンにとっては大いなる足枷でもあって。そんな長い暗闇から一歩外に踏み出すことができた感動のようなものが全編を貫いている、と。ゆーわけで、もしかしたら今や失われてしまったのかもしれないロサンゼルスという街の空気感を背景に、見事『SMiLE』以降のブライアンの心情を描き出したのが今回の『ザット・ラッキー・オールド・サン』ってことになりそうだ。ほんの35分くらいの組曲形式の新作ながら、本当にいろいろなことを考えさせられました。傑作でしょう、やっぱ。
7月にヴァン・ダイクが来日した際、インタビューできたのだけれど。ヴァン・ダイクは『SMiLE』を制作していた60年代当時、ブライアンとともにあの作品に、無意識のうちに“ノスタルジア”というコンセプトを託そうとしていたのかもしれないと語ってくれた。ノスタルジアというのは単なる感傷癖のことではなくて。そこには“ホーム”と“ペイン”というふたつのことが関係している、と。家。そして、苦悩。60年代のアメリカにはそのふたつの要素があった。戦争が起こっていた。公民権運動があった。アメリカは苦難の時期にあった。ヴァン・ダイクとブライアンは無意識だったかもしれないけれど、クリスチャンの教えを受け、賛美歌を歌い、バーバーショップ・メンタリティといったアメリカーナを体験してきた二人があの時代のアメリカで作品を作るうえでそれが不可避だった、と。
そのテーマは今なお続いているということなのかもしれない。それが今回ぼくが得たいちばんの感触。もちろん、まだまだ未整理状態。時間が経てばまた別の思いが浮かんでくるような気もするけど。とりあえず今のところ、ぼくがこの場にメモしておきたいのは、こんなところかな。初日と2日目はかなりナーヴァスな歌声を聞かせていたブライアンも、3日目以降はばっちり。世界中から集まった観客の大アプローズも力になったことだろう。
あ、第2部のあとはもちろんいつものアンコール。
- Johnny B Goode
- I Get Around
- Help Me Rhonda
- Barbara Ann
- Surfin' USA
- Fun Fun Fun
楽しいっすね。「ジョニー・B・グッド」は“ウォウォウォウォ~”ってのが入るビーチ・ボーイズのライヴ・ヴァージョンで歌われてました。ダブル・アンコールでは、67年にポール・マッカートニーがスタジオを訪れたときのエピソードとともに「シーズ・リーヴィング・ホーム」を披露。イントロは「ゲッティング・ベター」のパターンで、3拍子のあの曲を4拍子のシャッフルにアレンジ。サビで3拍子になるという、実にイマジネイティヴな展開でした。ポールが来て一緒に歌うかも…というのはガセだったけれど、いい演奏だった。最後に“バーイバーイ”って歌詞に合わせて手を振るブライアンがかわいかった。最終日はさらに「ラヴ・アンド・マーシー」も聞かせてくれた。