ワン・モーメント・モア/ミンディ・スミス
ロンドン行きの余波でいまだむちゃくちゃ忙しくて。にもかかわらず、「オールド・マスター・ペインター」や「ユー・アー・マイ・サンシャイン」はともあれ、ブライアンはなんで当時、ジョニー・マーサー作の「アイ・ウォナ・ビー・アラウンド」をカヴァーしようとしていたのか、その真意をはかりかね、ぐるぐるになってます。なので、新譜もいろいろ聞いてはいますが、紹介する熱意がわかないままの今日このごろ(笑)。
これまでもブライアン・ウィルソンのライヴのあとはいっさいレビューとかの仕事を引き受けてこなかった。こういう、思考停止状態に陥ってしまうのがわかっているから。今回も同じ。というか、よりひどい思考停止状態。なので、先日載せた『SMiLE』セクションのレポートも、ほんとに単なる流れのメモみたいなものです。レビューとかではないので。まあ、読めばわかると思いますが、その辺、勘違いしないでもらえるとありがたいです。記憶もけっこう曖昧だし(笑)。実際の流れはすでに世に出回っているとかいうブートを聞いてもらったほうが正確です。ことブライアンに関しては、ライヴの感想というか、評価というか、思い出というか、そういったものを誰かに向かって書いたり、しゃべったりしても、困ったことにその場にいなかった人には絶対に伝わらない、と。それがブライアンのライヴのマジックだってことは、彼のライヴを一度でも体験した人にはわかってもらえると思う。まだジョー・トーマスがバンドに在籍していた当時のニューヨーク公演もそうだったし、その後の2回の日本ツアーも、ハリウッド・ボウル公演も、前回のロンドン公演も……。かといってブート聞いたところで、あの場で感じた感動とはほど遠いし。
音楽評論家とか言って商売してるんだから、なんとか伝えろ……と言われたら、まあ、返す言葉もないわけですが。でも、ブライアンに関してだけは仕事絡みであれこれ考えたくないからこそ、毎度あくまでも一ファンとしてすべて自腹でライヴを体験しているわけで。これだけは、ね。能地も書いていたように、ぼくたちは本気で「神の音楽を体験した」と感動しているのに、そう言葉で語ったところでたぶん真意は伝わらないし。こちらの力不足もないとは言えないものの、「へー、そうですか。よかったですねー」とか、軽く返されちゃった日には、もうやり場のないフラストレーションを感じるばかりだし。そんな形で聖なる思い出を汚されたくないから(笑)。
ただ、ひとつだけ。自慢も含めて言わせてもらえれば、今回の『SMiLE』ツアーの白眉は、とにかく初日でした。2月20日のロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール。初日のブライアンは、まじ、99年以降に見たどのライヴよりもナーヴァスになっていた。『SMiLE』全曲演奏は第2部だったのだけれど、明らかに第1部からぴりぴりしていて。冒頭のアンプラグド・パートが終わったあと、キーボードの前の所定位置に移動する際も、ダリアンに両肩をつかまれ、だいじょうぶ、だいじょうぶ……とカツを入れられていた。ジェフリーもしきりにうなずきながらブライアンを励ましていた。そうやって励まされなかったらステージから逃げ帰っちゃいそうな雰囲気だった。
そりゃそうだ。『SMiLE』は、この37年のブライアン・ウィルソン/ビーチ・ボーイズの歴史を知る者ならば誰にでも想像できる……いや、歴史をよく知る者にすら想像できないであろうほどの悪夢だったわけだし。が、そんなとてつもないプレッシャーのもと、ブライアンは恐れを克服して『SMiLE』の全貌を当夜の観客に披露。そして、この上ない盛大なアプローズを受けた。彼が長年の悪夢を払拭した瞬間だった。客席にはヴァン・ダイク・パークスもいた。彼はブライアンと同じ思いだったのか、それとも観客と同じ思いだったのか。まったく違う感慨とともに過ごしていたのか。いずれにせよ、そうした歴史上たった一度の瞬間に居合わせることができたことは本当に素晴らしい体験だった。
今後、ブライアンとバンドはツアーを続ける中、『SMiLE』演奏のクオリティをどんどん上げていくのだろう。ヨーロッパのあとはアメリカでもやるだろうし、もしかしたら日本にも来るのかもしれないけれど。でも、あの初日のとてつもなくナーヴァスなブライアンはたぶんもう二度と戻ってこない。つーか、戻ってこないでほしいと、ぼくたちファンも願っているわけで。そんな意味でも、観客とメディアの大絶賛を受けて行なわれた2日目以降の公演は、未来のパフォーマンスも含めてもう別物。多少、ファンならではの勝手な妄想も含まれているかもしれないけれど、勘違いなら勘違いでOK。全部ひっくるめて、今回のロンドン初日のブライアンを見られて本当によかったと思う。あとは4日目かな。ポール・マッカートニーが客席の一員として『SMiLE』に心からのスタンディング・オヴェイションを送った夜。あれもよかったなぁ。37年に及ぶドラマの、ある種の結末を見た感じで。泣けた。
まあ、今回のロンドン公演に関してあえて書くとしたらそんなところです。あとはライヴの感想ではなく、あくまで『SMiLE』そのものへの研究みたいな形でいろいろ考えてたり書いたりしていく萩原くんでありましょう(笑)。初日と2日目にはかなり本格的にカメラ・クルーたちが入っていたから、今回のツアーの音源なり映像なりは何らかの形で世に出そうだし。話はまたそのときにでも。
と、この話だけで中途半端に終わるのもナンなので、むりやり1枚、新譜から紹介しておきます。ヴァンガードからデビューしたニューヨーク生まれテネシー育ちの女性シンガー・ソングライター。そんな生まれ育ちのせいか、都会と田舎というか、洗練と素朴というか、その辺の味を絶妙に混合させながら、なんとも魅力的な音世界を作り上げている。アリソン・クラウスとノラ・ジョーンズとショーン・コルヴィンとエミルー・ハリスと……いろいろな女性パフォーマーのいいとこどりをしている感触も。現在、アメリカのカントリー系ステーションでは、本盤のラストに収められているドリー・パートン作の「ジョリーン」のカヴァーがけっこう人気を博しているらしい。パートン自身もゲスト参加している。そんなことから、そっちの畑で評価されるべき人なのかもしれないけれど、われわれ日本人リスナーの胸にはむしろカントリー/フォーク色以外の魅力のほうが届きやすいかも。