スパイラルズ/ケイト・エリス
米国ルイジアナ州バトン・ルージュで生まれて、ニューヨークで育って、現在は英国ロンドンを本拠に活動しているケイト・エリス。お父さんがルイジアナ出身の米国人。お母さんが英国人。というわけで、いろいろ多彩な感覚なり音楽要素なりが緩やかに交錯しているところがこの人の味か。
とはいえ、いちばん濃厚なのが米南部っぽいカントリー・テイストで。ざっくり色分けすればアメリカーナ/フォーク系シンガー・ソングライターということになりそう。そのあたりは、かつてルイジアナ・ヘイライドでハンク・ウィリアムスのバックでギターを弾いたことがあるとかいうお父さんからの影響が強いのだろう。
デビュー・アルバム『カーヴ・ミー・アウト』のリリースが2017年だから。お父さんの経歴から逆算しても、だいぶ遅咲きってことになりそうなケイトさんですが。それだけに彼女が書く曲にはなんとも言えない深みと落ち着きがあって。歌詞は苦いくらいに内省的、でもメロディは甘美で繊細。今回リリースされたセカンド・アルバム『スパイラルズ』も、そんな魅力で貫かれたとても素敵な1枚に仕上がっている。前作より穏やかさが増したかも。今のところ、フィジカルはバンドキャンプでしか見かけてません。基本、デジタル・リリース。アナログLPがほしいタイプの音楽だけど…。
プロデュースはシニード・オコナー、インディゴ・ガールズ、ダニエル・ラノワ、ベリンダ・カーライル、クランベリーズなどとの仕事で知られるジョン・レイノルズ。彼がドラム、クレア・ケニーがベース、グレアム・カーンズがギター…というシニード・オコナー・バンドの面々を基調に、クリス・ヒルマン(ギター、マンドリン、ペダル・スティール、レゾネイター)、トーマス・コリソン(キーボード)、ポーリン・スキャンロン(コーラス)、ジョセフ・パクストン(ヴァイオリン)らが参加。クリス・ヒルマンの名前がやけにうれしい。
全10曲中9曲がケイトさん単独、あるいは公私含めた長年のパートナー、アンディ・ホブズボームらとの共作によるオリジナル曲。残る1曲「アザー・サイド・オヴ・ザ・ストリート」は、ボブズボームのバンド仲間だったというトム・ハックウッド作品のカヴァーだ。
ケイトさんのインタビューとか見ると、このアルバムでは「私たちの心を支配してしまうことができる悪魔やドラマに対処するための新たな理解の方法を見出したい」というテーマに取り組んだとのこと。何のことやらよくわかりませんが(笑)。要するに、人は人生の中でさまざまな壁や痛みに遭遇して。憂鬱になったりメンタルが落ちたり。どうにもならない迷路に迷い込んで。取り戻せないものを取り戻そうとしたり、解決しようのないものを解決しようとしたり。
でも、そうした日々の辛さ・苦しさをもたらす心の中の邪悪なる闇に惑わされることなく、負の“スパイラル”から抜け出して、いかに穏やかさを保ち望みを抱き続けられるか、と。そういう内省のせめぎ合いというか、揺らめきというか、そうしたものがどの曲にも託されている。
オープニング・チューン「キャント・ノット」からいきなり深い。人間関係は終わってしまうかもしれないけれど、愛は終わらない、愛であれ、死であれ、人の手でコントロールできないことに対処するための唯一の方法は、それらをありのまま受け入れることだ、的な?
次曲「ブルーバーズ・アンド・ライ」も、自分の周りに水が溢れてどうにもならないように思えるときでも、深呼吸して、きっと大丈夫と信じれば日々が輝き始めるはず、とか歌われていて。なんかずいぶん楽観的じゃないの? と思えるかもしれないけれど、ケイトさん自身これまでメンタル的にかなり大変な経験をしてきたらしく、それゆえか、不思議な、けっして押しつけがましくない説得力が歌声から伝わってくる。
いろいろ思いがすれ違ったこともある父親のことを、やがて娘が許し、絆を確かめ、欠点も含めて受け入れるという、リアルな物語を綴った「アナザー・ウェイ」とか、自然の力と美しさを歌った「ワンダーランド」とか、チェロとヴァイオリンをバックに、少女時代、悲しみもある種の安らぎだったと歌う「ウルフ」とか、泣ける曲多し。
穏やかな曲ばかりじゃない。ごきげんなカントリー・ロッキン・ギターを従えてぐいぐいドライヴする「スカーズ」もいい。“天国にはこんな怒りはないでしょうね/愛が憎しみに変わったの/でもバーボン4杯、スコッチ3杯、ショット2杯とチェイサーを飲んだら/やつを許す気になったわ…”と、ずいぶんやさぐれたセリフまで顔を出すロカビリー・ナンバーで。最後の最後に“これもきっと愛よ/だって私たち、満足できていないもの”とぶちかます。こういうケイトさんも悪くない。
でも、やっぱりぐっと内省的な曲のほうに惹かれるかな。特にアルバム・タイトル・チューンにさりげなく盛り込まれた、ストリングスを伴った変拍子に、アルバム全体のテーマでもある曖昧に浮遊する心象とか、解決しようのない問いかけのまさに“スパイラル”が二重映しにされているようで。
しみます。