Disc Review

String of Pearls / Annabelle Chvostek (self-released)

ストリング・オヴ・パールズ/アナベル・チヴォステック

その昔、イーファ・オドノヴァンに本格的にハマり始めたころ。彼女が初ソロ・アルバムを出した2013年かな。サブスクのリコメンデーションに乗っかってイーファに似たようなおすすめアーティストの曲を次々聞き進めていく中、カナダの女性ブルーグラス/トラディショナル・トリオ、ザ・ウェイリン・ジェニーズってのに出くわして。

このトリオは、ルース・ムーディとニッキー・メータの二人を中心に、女性メンバーが時期によってもう一人ずつ、メンバーチェンジを繰り返しながら加わる形で今なお続いているのだけれど。そこに2006年ごろ、アルバムで言うと『ファイアクラッカー』というのを出した時期に在籍していたのが本日の主役、アナベル・チヴォステックだ。

ちょっと時を遡りながら、後追いでそのアルバムを聞いてみたら、このアナベルって人が作ってリード・ヴォーカルをとっている曲が特にいいなぁ…と感じて。で、ちょこっと調べました。アナベルさん、カナダのトロント出身のシンガー・ソングライターで。ウェイリン・ジェニーズ加入前から自主制作アルバムを数作リリースするなど、ソロ・パフォーマーとして活動していた。かなり初期からクィアであることをカムアウトしていたらしきことも知った。カナダではその時点ですでにそこそこ知られた存在だったようだ。

が、その『ファイアクラッカー』というアルバムに参加しただけでほどなくグループを脱退。ソロに戻って2008年に『リジリエンス』、2012年に『ライズ』など、なかなか素敵なアルバムも出していて。その辺も聞いてみて、ちょっと惹かれたものだ。同郷の先輩、ブルース・コバーンとの共作/共演曲とかも入っていた。

ただ、そのあたりでいったん、怠惰なリスナーであるぼくの興味も途切れてしまい。以降、ずいぶんと長いこと彼女の歌声を追いかけることなく過ごしてきてしまっていた。で、今回、そんなアナベルのニュー・アルバムが出たもんで。ちょっと懐かしい気分になってとりあえずサブスクで聞いてみた。で、驚きました。まじ。おーっ、こんな感じになっちゃってたの? という、うれしい驚き。

まあ、ぼくの場合、ごく短い期間、浅くしか接していなかったわけで、彼女に対するこちらの受け止め方がゆるかっただけかもしれないけれど。かつてぼくがアナベルに抱いていたイメージは、アコースティック・ギターの響きを軸にしたシンプルな音像のもと、時にチェロが絡んだり、オルガンが絡んだり、マンドリンやバンジョーが絡んだりしながら独特の奥行きを持つフォーキーな世界観を構築する人、みたいなもので。

ところがこの新作ときたら、1930年代のパリで花開いたジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリっぽいジプシー・スウィングとか、ムーラン・ルージュっぽいキャバレー・ミュージックとか、ワイマール期のドイツを想起させるクルト・ワイルっぽいムードとか、禁酒法時代のアメリカのボールルームへの回帰とか、さらにはウルグアイのミロンガというか、タンゴというか、そういう楽曲が全編を貫いていて。いやいや、しびれた。

活動初期のアルバムなどに改めて接してみると、すでにその段階からちょっとタンゴっぽい哀愁のメロディとか、オールド・タイミーなジャズっぽいコード感とかも披露していて。もともとこのあたりの音への素養はあったみたい。そういう意味ではこの新作、時空を超えた彼女なりのルーツ・ミュージック群のモンタージュというか、タペストリーというか。

なんでもアナベルさん、かつてコンサートのサウンドチェック中に爆音フィードバックの直撃を受け、以来、重度の難聴と耳鳴りに悩まされてきたのだとか。そんなこともあって、2015年ごろから闘病のため活動をペースダウン。その間、トロントの女声合唱団のアーティスト・イン・レジデンスとして作曲、編曲、指揮のスキルを磨いたり、音楽家としての幅を拡げて…。

で、2017年にウルグアイのモンテビデオをツアーで訪れ大喝采を浴びた際、そこで自分のルーツへと連なる大切な何かを感じ取ったらしく。改めて開眼。当地のミロンガやタンゴに触発され、さらには自身のルーツであるカナダならではのフランス語文化のようなものにも立ち返りつつ、新たな音世界を作り上げることに成功した、と。そうやって完成したのが本作『ストリング・オヴ・パールズ』なのだろう。

ウルグアイのマルチ・インストゥルメンタル奏者、フェルナンド・ロサと、ウェイリン・ジェニーズ時代からの付き合いとなるカナダのトランペット奏者/エンジニア、デヴィッド・トラヴァース=スミスが共同プロデュース。ロサがモンテビデオで現地のタンゴ系、あるいはクラシック系のミュージシャンたちを集めて往年のウルグアイの音楽シーンを再現して。一方、トロントではトラヴァース=スミスがジプシー・ジャズ系のプレイヤーを集めて。レギュラー・ドラマー、トニー・スピーナも参加して。さらに、アナベルがアーティスト・イン・レジデンスとして磨き上げたコーラス・アレンジの腕を存分に発揮して…。

楽曲自体もいい曲ばっかり。基本的には共作も含めすべてアナベル・チヴォステック作。英語、フランス語がちゃんぽんで繰り広げられる感じがなんともノスタルジックで、エキゾチックで、素敵だ。「ベルヴィル・ランデヴー」は2002年の同名アニメ映画の曲。「ジャスト・ザ・ライト・ブレッツ」はご存じトム・ウェイツのアルバム『ブラック・ライダー』収録曲。なるほど…という感じ。

アルバムのラストを飾るララバイ「ベイビー・ベイビー・ベイビー」もいい。アナベルさんがウクレレを弾きながら歌って、それをチェロ、ヴァイオリン、チューバ、グロッケンなどが包み込んで。泣けた。

今のところストリーミングとダウンロードのデジタル・リリースが基本。自身のウェブ・ショップ、あるいはバンドキャンプではフィジカルCDが買えます。

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