Baja Sessions / Chris Isaak (Reprise)
こりゃ、そーとーいいです。好き。クリス・アイザックの新作は、彼のメキシコ・ツアーの間に構想が練られたという、んー、なんつーか、こう、南国気分の一枚。サンフランシスコ、ロサンゼルス、メキシコでレコーディングされた、強力にしみる仕上がりです。
生ギターを中心にしたメキシカンなサウンドがごきげん。書き下ろしが2曲くらいあるけれど、あとは本人の過去のレパートリーの再録と、ロイ・オービソンの「オンリー・ザ・ロンリー」とか、ディーン・マーティンの「リターン・トゥ・ミー」とか、ご存じ「サウス・オヴ・ザ・ボーダー」(南佳孝ではない(笑))とか、「イエロー・バード」とか、ハワイアンの「スウィート・レイラニ」とか、気分ばっちしのカヴァーで構成されている。特に「オンリー・ザ・ロンリー」がいいねー。オリジナル盤のコーラスの部分を、南カリフォルニア~メキシコ風味ぶりぶりのギターで聞かせたりして。アイザックもオービソン、そうとう好きだなって感じがひしひし。
カントリーとハワイアンとメキシカンな手触りがごっちゃになりまくって。“コンセプトのゆるいライ・クーダー”(なんじゃ、それは)みたいなボーダーレス感覚に胸が震えます。いい声してるしさ、この人。
Ten Easy Pieces / Jimmy Webb (Guardian)
「ビートでジャンプ」とか「恋はフェニックス」の作者としてもおなじみ、ジミー・ウェブが過去の自作曲10曲をセルフ・カヴァーした一枚。久々の新作だ。
まあ、他人に提供したヒット曲をソングライター本人がカヴァーする場合ってのは、だいたいぐっと地味めな、本人ならではの淡々としたパフォーマンスになるのが普通なのだけれど。今回ももろにそれ。基本的にはピアノの弾き語りをメインに、曲によってディーン・パークスのアコースティック・ギターが絡んだり、ストリングスが絡んだり、サックスが軽くかぶさっていたり、マイケル・マクドナルドやショーン・コルヴィンのコーラスが入ったり。その程度で、チョー渋く(チョーはやめなさい、チョーは)キメてくれる。
で、出来は、とーってもいいです。やっぱりこの人、いい曲書いてたんだなぁ……と再認識できる。収録曲の内訳は、グレン・キャンベルに提供した「ガルヴェストン」「ウイチタ・ラインマン」「恋はフェニックス」、リチャード・ハリスに提供した「ディドント・ウィー」「マッカーサー・パーク」、ブルックリン・ブリッジに提供した「ワースト・ザット・クッド・ハプン」、アート・ガーファンクルに提供した「オール・アイ・ノウ(友に捧げる讃歌)」などなど。ここに、70年代、自らの名義でリリースした何枚かのアルバムに収録されていた曲の再演が加えられている。
この人の場合、ちょうど大ヒットを飛ばしだしたのが60年代後半。バート・バカラックとかが注目を集め出したころだったせいもあって、バカラックの好敵手みたいな言われ方をしちゃってたわけだけど。実際の持ち味はバカラックとは違って、もっと、こう、アイヴスとかコープラントとか、あのテのアメリカのクラシック作曲家とかにも通じる、なんともアメリカならではの荒涼感をベースにした、いわばシンガー・ソングライターっぽいものだったと思う。その辺の手触りがよく発揮されている。
ブライアン・ウィルソンの『駄目な僕』がシンガー・ソングライターとしてのブライアンの姿をありありと映し出してしまったのと同じように、このアルバムもジミー・ウェブのそうした側面を強く聞き手に伝えてくれるもの。秋の夜にはシミますよ。
Wrath Of The Math / Jeru The Damaja (Payday/Ffrr)
(for MUSIC MAGAZINE, Oct. 1996)
強力な一枚。一昨年、デビュー盤の『ザ・サン・ライジズ・インン・ジ・イースト』をリリースし、渋いバックトラックと卓抜したラップで度肝を抜いてくれたジェルー・ザ・ダマジャ。2年ぶりの新作だ。
今回も前作から引き続きDJプレミアのプロデュース。全曲、プレミアとジェルーの共作。エグゼクティヴ・プロデューサーにはグールーの名もある。クールでファンキーでストイックなバックトラックは、さすがプレミア。音圧でいたずらに全体を塗り固めることなく、隙間を絶妙に活かした切れ込み鋭い音作りでぼくたちの腰を震わせる。そこに乗るジェルーのラップも、まあ、この原稿を書いている段階で歌詞がわかっていないので何とも言えないけれど、断片的に耳に飛び込んでくるフレーズをつなぎ合わせてみると、相変わらずきっぱりメッセージを放っているようで。前へ前へと向かうエネルギーで一気に聞かせる。手応えたっぷりだ。
とはいえ、もちろんここでジェルーが警鐘を鳴らし続けているのは、やはりアメリカのブラック・コミュニティに向けてであって、はるか海を隔てたぼくたちのことなど彼の視野にはまったく入っていないんだろうな、とも思う。にもかかわらず、彼のメッセージが深々とぼくたち日本人の胸にも響いてくるような気がするのは、たぶん彼がそうしたメッセージを俯瞰した地点からではなく、あくまでも自分個人の問題として繰り出しているからだ。だと思う。そんな感じがする。たぶん。そうに聞こえる。歌詞がないんで自信はないけど。どんなに激しい怒りに貫かれていようと、ジェルーのラップは常に根底に冷徹さをはらんでいる。計算ではなく、無意識のうちにそうしたスタンスをとってしまう男なのだろう。そこんとこが、ね。得難いでかさを感じさせる。
それにしても、シングルとしてもリリースされた「Yo Playin' Yoself」でのMCたちのドラッグ・ディール問題をはじめ、題材がひどく具体的だよなぁ。いや、昔からヒップホップのテーマはリアルな現実社会だったのだとは思うが。例の衝撃の2パック射殺を経てみると、すべてがさらに生々しく響いてくる。射撃音とかも、まじ、入っているしさ。ラップの表現はここまで具体化しているのだ。それほどまでにリアルな現実そのものを託した音楽がポップ・ミュージックのメインストリームとして流通するこの時代が、果たして幸福なのかどうか。よくわからないけれど。何はともあれ、イージー・Eや2パックの他界やらドレのデス・ロウ離脱やら、様々な“事件”に見舞われてどんどん“核”が希薄になりつつあるヒップホップ・シーンで、ジェルーは新たな“核”に成長していってくれそうな予感に満ちた存在。周囲からの身勝手な期待感ばかりでなく、自らその道を雄々しく歩んでいく決意を宣言した意欲作とも思える。
Factory Showroom / They Might Be Giants (Elektra)
この人たちのデビュー・アルバムの日本盤ライナー、ぼくが書いたんですけど(笑)。あれはもう10年前。はっきり言って、10年前、こんなに長続きするバンドだとは思わなかった。メンバー二人で、おもちゃ箱をひっくり返したような、ポップさとアヴァンギャルドさとがくるくる交錯する、こぢんまりしているような、それでいて破天荒かつ奔放な感覚の広がりを感じさせるサウンドを作り出していたゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ。
連中の、これが7枚目。2年前に出た前作『ジョン・ヘンリー』からメンバー二人だけではなく、バック・バンドもフィーチャーした音作りに変わって。今回もその路線。いきなりノッケからタイトでファンキーなリズムをともなった、けっこうエグめの「S-E-X-X-Y」なる曲でスタート。毒気まみれの遊び心が炸裂している。独特の浮揚感に満ちたポップ・センスを発揮した曲も多いし、「XTC vs. Adam Ant」なんて、もうタイトルからして皮肉な一発もあるし。
10年前のぼくの予想をはるかに裏切って、こいつらますます、より幅広いリスナーを獲得していくのかもしれない。
Sutras / Donovan (American Recordings)
なんだとぉーっ!?
ドノヴァンの復活作です。復活させたのは、なるほど……って感じの、リック・ルービン。ジョニー・キャッシュの新作をリリースして度肝を抜いたのと同じ、アメリカン・レコーディングスからのリリースだ。
ベンモント・テンチ、デヴィッド・ナヴァロ、スティーヴ・フェローン、ジョニー・ポロンスキーなど、曲によって新旧の曲者どもをバックに配し、えー、まあ、往年のドノヴァンと変わらぬドノヴァンを聞かせてくれている。昔の曲、最近の曲、とりまぜて演奏している。かつてイギリスのディランとか言われて活躍していたころと同じ、アメリカのフォーク・シンガーとは一味違うウェットな質感が今なお底辺に流れていて。なんだか、おぢさん、とっても懐かしい気分になっちゃいましたよ。一時、加藤和彦さんが真似してた、例の深い深いビブラートとか、そのままです。
若い耳にはどんなふうに届くのかな。
Tell Me Something: The Songs Of Mose Allison / With Van Morrison, Georgei Fame, Mose Allison, Ben Sidran (Verve)
ずばりタイトル通り。近ごろコンビを組んで活動しているヴァン・モリソンとジョージー・フェイム、そしてジャズおたくのベン・シドランが、白人ジャズ・ブルース・シンガー・ソングライターの草分けとして名を残すモーズ・アリソンの作品を蘇らせたアルバムだ。
モーズ・アリソンって、ほんと、いいんだよね。本国でもあまりレコードが売れた人じゃないので、日本だと特に知名度が落ちるけど。この人に影響されたミュージシャンは数多い。そんな功績への恩返し的アルバムってことになるのだろう。ジョージー・フェイムやベン・シドランなんて、もろ、だもんね。アリソンさん本人とヴァン・モリソンとのデュエットも2曲含む愛情と尊敬に満ちた一枚だ。その他、ヴァン・モリソンが4曲、ベン・シドランが3曲、ジョージー・フェイムがやはり3曲、3人で1曲、リード・ヴォーカルを聞かせてくれる。
でも、ね。どの人も結局は往年の本家の魅力にはかなわないわけで。このアルバムでまず当たりをつけたら、ソッコー、モーズ・アリソンのかつてのアトランティック音源によるアルバムに手を出して、そのクールでグルーヴィーな世界を体験すべし、ですわ。ベスト盤とかもCDで出てるしね。ぜひぜひ。
Beautiful Freak / Eels (Dreamworks)
ここんとこ2ヶ月くらい、CMJのチャートとかの上位で名前を見ていたので、ずっと気になっていたんだけど。ようやく買いました。“E”と名乗るシンガー/ソングライター/ギタリストを中心に結成された3人組。で、買ってみたらジャケットにURLが載ってて。そこにアクセスしたら詳しいバイオとかも出てて。やー、インターネットは便利だねぇ(笑)。
興味のある人はこちらへ。ダスト・ブラザーズの片割れでもあるマイケル・シンプソンとEの共同プロデュースによって構築された、なんだろう、さりげなく、けれども濃密なアルバムって感じかな。
なんでもE君は、既成のポップ音楽に飽き飽きして音楽をやっているらしいけど。これって、たぶん、ロックンロールをはじめとするポップ・ミュージックが本来持っていたはずの魅力をどんどん薄れさせながら、間違った方向にばかり発展していく音楽に対するアンチテーゼってことなんじゃないかと思う。その証拠に、この『Beautiful Freak』ってアルバムの根底には、近ごろみんながふと忘れがちになっている伝統的なポップ・ミュージックの魅力が、実に巧妙に敷き詰められているもの。その辺の姿勢は、ベックとか、あるいは近ごろぼくのホームページでやたら名前が取りざたされるジェイソン・フォークナーとかと同じ。E君、かなりのポップ・ミュージック通じゃないかな。
今後の動きに注目です。ドリームワークスなるレーベルからのリリースだけど、これ、ホームページにアクセスすればわかる通り、ゲフェン傘下みたいだから。ニルヴァーナの次を模索するゲフェンが本腰入れたら、売れるよ、きっと。とことん内省的だけどさ。
ただ、このアルバム・タイトルとこのジャケット。日本だと余計な横やりが入るかなぁ。そんなこと、ないといいね。
Car Button Cloth / The Lemonheads / (TAG/Atlantic)
もう日本盤もリリースされて、あちこちで紹介されているので、特に言うべきこともないんだけど。とりあえず、ぼくもそこそこ気に入っている、と。そのことだけお伝えしておきましょう(笑)。
イヴァン君がいろいろとモメているという話も耳にしていたので、どうなるかとは思ったものの。やっぱりいい曲いっぱい書いてます。レモンヘッズーっ!って感じのギター・ポップものはもちろん、「C'mon Daddy」ってシミるミディアム・バラードもあり。中くらい、好き。